【京都】おすすめ穴場観光スポット223選!地元民だからこそ知る隠れ名所

106. 近江屋跡

近江屋はあの坂本龍馬が暗殺された場所でその跡地が現在の近江屋跡です。

大政奉還の翌月に坂本龍馬とその盟友として知られている中岡慎太郎は、醤油商近江屋にて京都見廻組といわれている暗殺団に襲われ暗殺されました。

坂本龍馬は額に致命傷を受けて命を落としました。

そして深手を負った中岡慎太郎も2日後に死亡してしまいます。

慶応3年11月15日の夜、坂本龍馬と中岡慎太郎は醤油商・近江屋の2階で火鉢を囲んでいたと言われています。

寺田屋襲撃事件からは2年近く経っていて、坂本龍馬は幕府の敵として命をねらわれていました。

坂本龍馬は海援隊本部のあった酢屋からこの近江屋に移ったばかりだったと言われています。

この殺された日は風邪気味だったそうで、中岡慎太郎とともに「軍鶏鍋を食べたい」と言って小者の峰吉を軍鶏鍋の買い物に行かせていました。

その峰吉がいない間に、暗殺団の男が押し入って、自身を守る暇さえ与えずに龍馬の額を切ったと言われています。

現在は京都の河原町の回転寿司の入り口横に跡地があり、とてもわかりやすいです。

他の幕末志士所縁の地を回るのにも、回りやすいスポットなのでぜひ行ってみてください。

近江屋跡

住所:京都府京都市中京区塩屋町(河原町通)

 

107. 坂本龍馬寓居之跡(酢屋)

江戸時代に初代酢屋嘉兵衛により建てられた木材商です。

現在は、河原町三条から一筋目南を東へ行ったところにあります。

この木材商は、6代目酢屋嘉兵衛の時に材木商の元締めになったと言われています。

その6代目酢屋嘉兵衛は坂本龍馬の活動を手伝っていたと言われています。

坂本龍馬は「才谷さん」という偽名で酢屋で寝泊まりしていたそうで、隠れ家として坂本龍馬の活動を手伝っていた場所とされています。

また酢屋は坂本龍馬が結成した海援隊の屯所でもあると言われています。

現在酢屋は290年の伝統をもつ材木商の老舗です。

銘木材全般を扱う「千本銘木商会」と、工芸品の制作・販売を行う「創作木工芸 酢屋」と、坂本龍馬の歴史を紹介している「ギャラリー 龍馬」を開廊しています。

河原町三条龍馬通の「酢屋」、二階左側の部屋が龍馬が寝泊りした部屋といわれています。

そして現在、坂本龍馬寓居之跡の石碑があるのは建物の東側にあります。

現在も普通に営業を行っているのでスポット巡りにも最適な場所です。

酢屋・坂本龍馬寓居跡

住所:京都府京都市中京区大黒町河原町通三条下ル一筋目(龍馬通)

酢屋・坂本龍馬寓居跡のホームページこちら

 

108. 彦根藩邸跡

京都の中心街である河原町通のすぐ近くにある木屋町通、その通りに彦根藩邸跡があります。

彦根藩は、滋賀県彦根市を根拠とする江戸幕府譜代の雄藩のことです。

彦根藩主井伊家は、譜代の雄藩で度々幕政に参与していました。

藩祖である伊井直正が1604年彦根城を築き、所領高は最高時35万石だったと言われています。

幕末には13代藩主井伊直弼が幕府大老に就任して「安政条約」を結んで局面の打開に当ったと言われています。

1858年に大老となった井伊直弼は、将軍後継問題での一橋派や尊王攘夷派志士の非難活動を押さえるため安政の大獄を起こした後に、桜田門外の変で暗殺されてしまいます。

直弼が桜田門外に倒れた後は藩論は分かれ、体勢は勤王に転じてしまいます。

桜田門外の変の後10万石を削られれますが廃藩置県まで存続していました。

この石標は彦根藩邸の跡を示すものです。

藩邸はこの彦根藩の、京都の連絡事務所だったと言われています。

幕末志士の所縁のスポットとしては華やかさには欠けますが、スポット巡りのうちのひとつとしては重要な場所ですので一度訪れてみるのをおすすめします。

彦根藩邸跡

住所:京都市中京区木屋町通三条下る二筋目

彦根藩邸跡の情報こちら

 

109. 高桐院

大徳寺の塔頭高桐院(こうとういん)は、1601(慶長6)年利休七哲の一人細川忠興(三斎)が叔父の玉甫紹琮を開山に父細川藤孝(幽斎)の菩提所として創建したのが始まり。

茶室松向軒は、豊臣秀吉主催の北野大茶湯で使用した茶室を移築したものと伝えられる。

楓(かえで)を主としたオススメの庭園で、紅葉の時期はとくに美しい。

豊臣秀吉から請われた千利休秘蔵の灯篭(別名:欠灯篭)は、あえて裏面の三分の一を欠き、秀吉の要求を退け、細川忠興及び妻ガラシャ夫人のお墓とした。

境内には他にも、加藤清正が朝鮮から持ち帰ってきた袈裟形のおりつくばいがある。

細川忠興は、おりつくばと燈籠を熊本・江戸間の参勤交代にも持ち歩いたほど気に入っていた。

歌舞伎の祖出雲阿国や出雲阿国の愛人名古屋山三郎のお墓もある。

ここが魅力

・日本の柱があり、額縁の中に収められた風景のような美しい庭の写真を撮ることができる。

・庭を見ながらお抹茶をいただける。

・楓と苔の緑が一体となる光景は、本見る者の心を落ち着かせてくれる。

・境内に通じる通路がとても綺麗。

・茶道的な落ち着きがある。

高桐院

高桐院の情報こちら

 

110. 鞍馬寺

鞍馬弘教総本山。770年(宝亀1)鑑真和上の高弟鑑禎上人が毘沙門天を本尊として奉安したのが起こり。

平安時代は京都の北方守護の寺として信仰を集めた。

本殿金堂、多宝塔などは近年再建され、鉄筋コンクリート造り。

境内の「鞍馬山霊宝殿」の1階は、山内の動植物、鉱物などを展示する自然科学博物苑展示室、2階は寺宝展観室と與謝野晶子の遺品を展示する與謝野記念室、3階は国宝の毘沙門天像などの仏像奉安室、宝物収蔵庫がある。

本殿裏から奥の院への山道に牛若丸の遺跡がある。

ここが魅力 

・ハイキングコースとしても人気があり、豊かな自然を楽しめる。

・牛若丸に剣術を教えたという言い伝えのある大天狗、鞍馬天狗。

・枕草子が「近うて遠きもの」の例としてあげた九十九折の参道。

・鞍馬山一帯に咲く桜は雲珠桜と呼ばれ、桜の名所としても知られている。

・桜に限らず新緑や紅葉も楽しめる。

・ケーブルカーで訪れることもできる。

鞍馬寺

鞍馬寺のホームページこちら

 

111. 六波羅蜜寺

963年(応和3)空也上人が開いた真言宗智山派の古刹で、西国三十三ヵ所第17番札所。

京都市東山区にある天暦5年(951年)に醍醐天皇第二皇子光勝空也上人により開創されたお寺です。

教科書にも載っている、口から6体の阿弥陀を出している『空也上人立像』やその他にも平安・鎌倉期の木像彫刻を代表とする名宝が数多く安置されており、拝観することができます。

また、本堂受付にある「開運推命おみくじ」が当たると人気です。

『空也上人立像』は鎌倉時代の前半に康勝という人の作品です。

像の高さは117㎝ほどの大きさで、空也上人が京の市内を、わらじを履いて鹿の角の杖を突き、首から下げた鉦を鳴らし、念仏を唱えながら歩いた姿を現した像です。

この像は「南無阿弥陀仏」を唱えるとその一つ一つの言葉、(南・無・阿・弥・陀・仏)が阿弥陀仏になったという伝説を彫刻化しており、本体とは針金でつながっています。
「四柱推命」をもとにした占いで、生年月日と性別から一年の運勢を将来運(大運)、本年運など細かく知ることが出来ます。

新しいおみくじに変わる節分の日は、数百人の行列ができるほどです。

遠方の方は郵送でも申し込みもできる為、気になる人はぜひお申込みしてみてください。

六波羅は元々『六原』であったとも伝わっていますが、空也の弟子である中信が六種の行いである六波羅にちなみ「六波羅密寺」としたことから呼ばれるようになったと言われています。

本堂は重要文化財に指定されており、室町時代のものがそのまま残されています。

本尊である十一面観音像は国宝指定になっており、12年に一度の辰年にのみに開帳される貴重なものになっています。

本 堂(重文)は、南北朝時代の再建。

1183年(寿永2)の兵火で本堂を除いて焼失。

空也上人像、平清盛公坐像(ともに重文)など平安、鎌倉時代の優れた彫刻が多い。

ここが魅力
・弁財天堂の福寿弁財天

・銭洗い弁財天

・ちょっと変わったおみくじ(開運推命おみくじ)

・十一面観音像や空也上人立像など、宝物館の重要文化財

六波羅蜜寺

営業期間 公開:8:00~17:00
所在地:〒605-0813 京都府京都市東山区轆轤町81-1
TEL:075-561-6980
アクセス:JR京都駅から市バスで15分

六波羅蜜寺のホームページこちら

 

112. 坂本龍馬・中岡慎太郎の墓

1867年11月15日に近江屋で暗殺された坂本龍馬と中岡慎太郎は11月18日に近江屋で葬儀が行われました。

その後、霊山護国神社に埋葬されました。

ここには右が中岡慎太郎の墓で左が坂本龍馬の墓、その奥に下僕だった藤吉の墓があります。

右にある忠魂碑は明治37年2月の日露戦争の開戦の直前に、明治天皇皇后の夢に坂本龍馬が現れ、「日本海軍の勝利は確実だ」と告げたと言われています。

皇后はこの夢を坂本龍馬の忠魂だから成せる技だと誉め称えて、坂本龍馬の墓前に石碑を建て、坂本龍馬の忠義を顕彰したものだと言われています。

坂本龍馬・中岡慎太郎の墓

住所:京都市東山区清閑寺霊山町

拝観時間:8:00~17:00

アクセス:市バス「東山安井」下車徒歩10分

拝観料:大人300円

駐車場:有/有料

 

113. 岩倉具視幽棲旧宅

岩倉具視幽棲旧宅では、明治維新の立役者の一人だった岩倉具視が1864年から1867年まで隠れ棲んだと言われている旧宅「鄰雲軒」があり、室内の観覧ができます。

武田五一が設計した展示・収蔵施設である対岳文庫には岩倉具視やその家族の資料を展示しています。

岩倉具視幽棲旧宅の前には七代目小川治兵衛が携わった庭園があります。

鄰雲軒や対岳文庫では各種講座やイベントを開催されていたりします。

ぜひ気になる方はチェックしてみてください。

新型コロナウィルス感染拡大防止のため、当面の間入場につきましては、事前予約制となっています。

入場券の他にお土産付き入場券などもあります。事前に確認してから行くようにしましょう!

岩倉具視幽棲旧宅

住所:京都市左京区岩倉上蔵町100

定休日:水曜日(祝日の場合は開館、翌平日休館)、12/29~1/3

営業時間:9時~17時(入場は16時30分まで)

料金:大人400円 中学・高校生:200円 小学生100円

電話番号:075-781-7984

アクセス:京都バス「岩倉実相院」下車、徒歩3分

駐車場:有

岩倉具視幽棲旧宅のホームページこちら

 

114. 旧島原花街

 

京都で最古の花街と言われる「島原(嶋原)」。

正式名称は「西新屋敷」と言います。

島原は江戸の吉原と比べられていたそうです。

日本で初めての公許花街として 賑わいを見せた島原は、幕末志士も足しげく通った“高級花街”として知られています。

現在は舞妓さんが頻繁に出歩いたりしてはいませんが、昔は新撰組も出入りしていたと言われる京都の花街の一つです。

花街と聞くと「祇園・花見小路」を思い浮かべるかもしれませんが、島原もとても趣深く古き良き雰囲気が残っている花街です。

島原でおすすめのスポットは「島原大門」「角屋」「輪違屋」の3つです。

島原大門は、島原の入り口とされている門です。

角屋とは、島原開設当初の寛永18年(1641)から連綿と建物・家督を維持しつづけ、江戸期の饗宴もてなしの文化の場である揚屋建築の唯一の遺構として、昭和27年(1952)に国の重要文化財に指定された建物です。

輪違屋は、現在は島原で唯一、輪違屋のみが正式なお茶屋、置屋兼お茶屋として営業をしているお店です。

新撰組が出入りしていた島原が気になる方はぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

京都駅からも近く、水族館や梅小路公園も近いので観光の間に行くのもとてもおすすめです!

近くには昔ながらの趣深いお土産屋さんなども色々とあるのでチェックしてみてください。

島原

住所:下京区花屋町通大門西入上之町

アクセス:

・JR嵯峨野線 梅小路京都西駅 徒歩5分

・JR嵯峨野線 丹波口駅 徒歩5分

・京都市バス「島原口」 徒歩5分

・京都市バス「七条壬生川」徒歩5分

 

115. 竜馬通り商店街

竜馬通り商店街(京都穴場観光スポット)

竜馬通り商店街は、京阪電車「中書島」駅から徒歩5分ほどの場所にあります。

京都の中で「お酒が有名な場所」として全国的に知られている伏見というところに竜馬通り商店街は位置します。

竜馬通り商店街には、坂本龍馬が定宿にしていた教科書にもよく出てくる「寺田屋」から近く、全国から坂本龍馬ファンが訪れる場所です。

この商店街の歴史は結構古く、中書島に遊郭ができた約300年前からあります。

この遊郭で働く女性に、着物などを売るが並んでいたといわれており、竜馬通り商店街の原型だと言われています。

そして1996年からは石畳やガス灯風の街路灯が設置されたりなど、商店街の外観を、京町家風に作り変えたり、景観の整備が行われ、地元の人や観光客に親しまれる商店街になりました。

寺田屋は、慶応4年の鳥羽伏見の戦いで、この一帯は激戦地となり、かつての建物は焼失しています。

そのため旧宅にならう形で西側に新館が明治に建てられ、現在は新館が残っています。

ここで起きた寺田屋事件では、坂本龍馬の妻だったおりょうのお陰で龍馬は危機を逃れたと言われています。

旅籠の建屋が見学可能ですので、歴史散歩のついでに立ち寄ってみてください。

 

竜馬通り商店街

アクセス:京阪電車「中書島」北改札口徒歩5分

住所:〒612-8364京都市伏見区竜馬通り

寺田屋

電話番号:075-622-0243

営業時間:10:00~15:40

定休日:年始1月1日~3日、月曜不定休

 

116. 御香宮神社

御香宮神社(京都穴場観光スポット)
御香宮神社(京都穴場観光スポット)
御香宮神社(京都穴場観光スポット)
御香宮神社(京都穴場観光スポット)

京都市の伏見区というエリアにある、地元の人に人気の「御幸宮神社」。

この神社の名前の由来は、平安時代に境内から病気に効く香水がわき出たということで、清和天皇からこの事柄を名前を頂いたそうです。

御香宮神社は豊臣秀吉の時代は、伏見城の守護神的な存在としてありました。

現在でも伏見城の大手門が山門に使用されていたり、御香宮神社境内に伏見城石垣で当時たくさん使用されていた石が残っているなど、伏見城との結びつきや名残が多い神社です。

そして徳川幕府に権力移行が行われた後も御香宮神社は重宝されていたので、本殿は家康の命令により築かれ重要文化財に指定されています。

当時とても栄えていた伏見の平和の象徴的存在だったのですが、幕末に起こった「鳥羽伏見の戦い」では残念ながら、戦場になってしまうのです。

薩長連合軍が御香宮神社に本陣を置き、南側にあった伏見奉行所にいた新撰組を含む幕府軍と戦ったとあります。

 

御幸宮神社

アクセス:

近鉄電車「桃山御陵前」駅下車 徒歩3分

京阪電車「伏見桃山」駅下車 徒歩約4分

JR「桃山」駅下車 徒歩約5分

住所:京都市伏見区桃山御香宮前門前町

拝観料:無料(石庭見学は200円)

参拝時間:自由(社務所受付9:00~16:00)

電話番号:075-611-0559

御幸宮神社のホームページこちら

 

117. 魚三楼

魚三楼(京都穴場観光スポット)

先ほども出てきた「鳥羽伏見の戦い」。

鳥羽伏見の戦いは、伏見の町中でも激しい戦いが行われていたと言われています。

江戸時代中期から続いている料亭の「魚三楼」では、銃撃の弾痕が表格子に残っています。

そんな京都伏見の老舗料亭「魚三楼」は江戸時代の明和元年に創業されました。

当時は薩摩藩の炊事方も務めていたといわれている料亭です。

慶応4年の正月に勃発した鳥羽伏見の戦いでは、伏見の町の南半分が戦争の影響を受けてしまい、焼け野原になってしまうのですが、幸いこの料亭の建物は弾痕のみの被害で消失を免れたそうです。

京町通りに面した表の格子に銃撃戦の弾痕が数筋、一大市街戦が展開された当時のまま残っています。

幕末の当時の面影を感じたい人はぜひ足を運んでみてください。

 

魚三楼

住所:京都府京都市伏見区京町3丁目187番地

アクセス:京阪本線「伏見桃山駅」すぐ

近鉄京都線桃山御陵前駅 徒歩2分

JR奈良線桃山駅 徒歩10分

営業時間:

昼の部 11:30~15:00(ご入店14時まで)

夜の部 17:00~22:00(ご入店19時30分まで)

電話番号:050-5868-4950

魚三楼ホームページこちら

 

118. 西本願寺(新選組屯所跡)

京都観光穴場スポット(西本願寺)

京都観光穴場スポット
京都観光穴場スポット(西本願寺)
京都観光穴場スポット(西本願寺)

西本願寺は浄土真宗本願寺派の本山です。

戦国時代、本願寺は石山合戦がありましたが、

その間毛利家は本願寺に兵糧を運び込んで助けていたそうです。

そうした縁があり、幕末期にも本願寺は長州藩・長州系志士を支援していたそうです。

壬生にある八木家を屯所としていた新選組は、

1864年に起きた池田屋事件で一躍脚光を浴び、幕府からの支援が大きくなりました。

新しい志士の募集で入隊した200人を含めるととても大所帯となったので、

1865年3月に屯所を西本願寺に移転したといわれています。

大所帯となった新選組は西本願寺の北集会所と太鼓楼を屯所としました。

僧侶や信徒たちの迷惑も顧みず武芸の稽古や砲撃訓練などを繰り返したといわれています。

仏教では、忌まれている肉を食べることも境内で行われたといわれています。

傍若無人な行い続ける新選組は、寺側にとってはいい迷惑だったのかもしれません。

そして本願寺は、新選組のために新たな屯所を建設する費用をもつという条件で退去を要請し、

新選組は1867年に西本願寺から近い不動堂村に建てられた不動堂村屯所に移転そたといわれています。

西本願寺に観光へ行った際には、新撰組の歴史を勉強してから行くと面白いです。

西本願寺(お西さん)

住所:京都府京都市下京区堀川通花屋町下ル

電話番号:075-371-5181

拝観時間:5:30~17:00

拝観料:境内参拝自由

アクセス:京都駅から徒歩で15分

西本願寺(お西さん)のホームページこちら

 

119. 大黒寺

京都観光穴場スポット(大黒寺)

京都観光穴場スポット(大黒寺)

伏見にある大黒寺は、大黒天の出世開運のご利益により地元で人気のあるお寺です。

この寺は薩摩藩と縁がある場所です。

薩摩藩の守り本尊であった大黒天が本尊で、

藩邸にも近かったので江戸初期に薩摩藩の祈禱所となった場所です。

大黒寺は、西郷隆盛や大久保利通などの薩摩藩の会談の場に使われていたといわれています。

そして西郷と大久保が会談した部屋があります。

幕末に起きた二度の寺田屋事件のうち、一度目の1862年の薩摩藩の同志粛清事件の犠牲者の墓もあります。

このお寺は平安初期の創建で、

薩摩藩の祈禱所となる際に長福寺から改名し大黒寺になりました。

秘仏の本尊・大黒天のご利益が古くから知られていたようで、

薩摩藩の祈禱所とした島津義弘を魅了したといわれています。

大黒寺と薩摩藩邸は直線距離で100mほどしか離れていません。

その為、坂本龍馬を救い出すこともできたのかもしれませんね。

なかなか歴史に溢れたお寺ですので幕末ファンでなくても楽しむことができます。

大黒寺

住所:京都府京都市伏見区鷹匠町4

電話番号:0756112558

拝観時間:9:00-16:00

拝観料:無料

内観は非公開

大黒寺の情報こちら

 

120. 角屋

京都観光穴場スポット(角屋)

角屋は、揚屋建築の遺構として重要文化財に指定されおり京都で最大の酒宴の場でした。

揚屋建築とは現在の料亭にあたり、大型宴会場のいわれています。

揚屋建築の特徴は、大座敷に面した広庭に必ずお茶席を配し、

寺院の庫裏と同規模の台所を備えていることだといわれています。

角屋は幕末には有名な志士たちが、会合や宴が催された場所だったといわれています。

角屋は「角屋もてなしの文化美術館」に保存されています。

角屋は座敷、調度品、庭のすべてが社寺の書院、客殿と同等にしつらえてあり、

特に目を引く赤壁は別格の雰囲気を漂わせ、1952年には国の重要文化財に指定されました。

2階へ上がると天井一面が扇で埋め尽くされた座敷。

今では再現不可能とも言われている土壁に螺鈿細工が施され、

照明がなかった当時、蝋燭で照らしていた室内はその煙で天井がすすけて真っ黒になっていたのだそう。

角屋には伝説があり、

新撰組がツケでお酒を飲もうとして断られ、

そこで暴れた際についたという刀傷があるというものです。

この刀傷は現在も残っているのでここに来た際にはぜひ見て欲しいです。

角屋もてなしの文化美術館

角屋もてなしの文化美術館

住所:京都府京都市下京区西新屋敷場屋町32

電話番号:075-351-0024

料金:一般1000円、中高生800円、小学生500円

(2階の特別公開料金を除く)

営業時間:10:00~16:00

定休日:月曜日(祝日の場合翌日)

開館期間:3月15日~7月18日、9月15日~12月15日

角屋もてなしの文化美術館のホームページこちら

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